ただずまい

先日、とあるゴルフ雑誌で、球聖と言われたアマチュアゴルファー”中部銀次郎”の記事と写真を見ました。久々にこの人いいなーと感じました。

ゴルフの成績や逸話はもとより、強い印象を受けたのはその”立ち姿”と表情でした。晩年のコースでの写真でしたが完全に力が抜けて、スッとした姿勢、孤独なようでもあり、その辺に生えている一本の樹木のようでもあり。

淡々として、能面のようにも見える表情、何もかも見切ってしまった人の持つ目。。。僕にはそのように感じました。

どこか、クニャリとして、歌舞伎の女形のようにも見えます。

舞踊の世界や、文学者、哲学者、芸術家にも稀にこういう感じを受ける方がいます。

一度だけ職人で似た雰囲気の人をNHKのテレビで見たことがあります。町工場の板金職人で恐らく60歳を超えてる方であったと思います。

その人はスタジオに革のコート(革ジャンだったかも)を着て現れました。その姿が実に自然でスッと着こなしていたのが印象に残りました。

その職人が話した内容はもう記憶に無いのですが、その落ち着いたただずまいは今でも思い出します。一つの道を延々と歩み続け欲も何も落ちてしまった人が持つ特有の雰囲気を感じました。

僕は”魅力”というものは、「客観性」から発生すると常々思っています。旅に出て自分探し!とか、お習い事で自分磨き!などで、魅力がつくことはありません。

自分を見つめる”もう一つの目”自分の長所だけでなく、短所、弱さ、狡さ。。それらをひっくるめて、良い悪いと”裁くことなく”自分を見切る目。自分を突き放して観察できる客観性が魅力を発生させます。

その客観性を持ちつつ、一つの道を究めた人にだけ、上記のゴルファーや職人さんがもつ特有の雰囲気が生まれます。”歌舞伎の女形”と表現しましたが、なぜか、色気がにじみ出るんですよね。そしてどんな服装でもそれなりに似合ってしまう。

歳をとったらこんなただずまいになりたいものだ、と思います。

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